メッセージ


聖書箇所

ダニエル2章1〜3、45〜49節

10月12日(日)
メッセージ

大久保旨子
説教題:「賜物を捧げる」

 2章はダニエルに起こった2つ目の試練と言えます。ネブカデネザル王は大きな恐れと不安に襲われていました。何とかして、自分がみた奇妙な夢の解き明かしを知りたいと思っていました。しかし、王は自分がみた夢の内容を誰にも話しませんでした。そして夢の内容もその解き明かしも、全て話すことができた者に褒美をやり、出来ないのであれば手足を切り離しあなたがたの家を滅ぼす、というのです。集められた呪法師やカルデヤ人たちはとてもそんなことは出来ないと言います。王は彼らの態度に怒って、バビロンの知者たちを滅ぼす命令を出してしまいます。(12,13節)
 この恐ろしい命令は、ダニエル達にも及びました。彼らにも死の危険が迫っていたのです。彼は詳しい状況を聞いてから自分の家に帰って、4人で集まり静まって神様の憐みを求めて祈りました。
するとどうでしょう。神様は夜のうちにダニエルに幻を見せて、その夢の内容とその解き明かしまでも教えてくださったのです。(19節) ダニエルは祈りに応えてくださった神様を心から褒め称えました。 こうして、ダニエルは王様の元へ行き、王様が見た夢の内容を話してそこに隠された神様からの警告とメッセージの解き明かしを完全に行うことができたのです。

*賜物を捧げる*
 何故ダニエルは夢を解き明かすことが出来たのでしょうか。1章の17節に神様が4人に特別に知識やあらゆる文学を悟る力と知恵を与えて下さった事が書かれています。しかしそれだけではなく、ダニエルには幻と夢を解く力も与えられていた事が分かります。つまり夢の解き明かしは神様がダニエルに与えた賜物だったのです。ダニエル達にとっては予期せぬ二回目の試練でしたが、彼は神は全てをご存じで必ず知恵を与えて下さると確信していました。
 全ての人に神様から賜物が与えられています。ある人には執り成しの賜物が与えられ、教えることが上手な方や、普段気が付かないようなことに気が付いて配慮したりサポートすることが得意な人がいたり、人の話を聞く賜物がある人や、リーダシップがある人がいたり、人を励ますことの出来る励ましの賜物や、証の賜物がある人がいたり、与える賜物がある人がいたり、目に見えて分かりやすいものから、目にはみえない部分で多くの人を癒し、励まし、徳を高めるものもあります。人によっては苦手な事でも、賜物が与えられている人にとっては、それは何の苦にもなりません。むしろ喜びが溢れてくるのです。これは本当に不思議な事です。
 神様は私たちが与えられた賜物を隠すことなく用いるように求めておられます。私たちが自分に与えられている賜物は何であるかを知り、それを、自分の為ではなく神様の為に用いるのです。ダニエルは危機的状況の中で、強い使命感を持っていました。そして神様に頼り、与えられた賜物をもって、この試練を乗り越えたのです。私たちも教会を建て上げる為、また神様の栄光を表すために、与えられた賜物を用いて捧げる者でありたいと思います。

*賜物を用いる時、神様の栄光が表される*
ダニエルが神様に夢の秘密を教えていただいたとき、真っ先にしたことは神様への賛美でした。褒め称えたのです。そしてダニエルの解き明かしによって、ネブカデネザル王までもがダニエルたちが信じる神様を称えました。これは、私たちが喜んで与えられた賜物を用いる時、それによって輝くとき、神様の栄光が表されるということです。
 賜物はそれぞれに違います。しかし、私達が与えられた賜物を神様の為に喜んで用いる時、教会は活き活きとし、いのちに溢れてきます。そして何より「神様は本当に素晴らしいお方ですね。」という何とも言えない心の内から溢れる喜びと主への感謝が心に溢れ、神様の栄光が豊かに表されていくのです。私達も神様が自分に与えて下さった賜物がなんであるかを考えつつ、主の為に用いる者でありたいと思います。
祝福をお祈りいたします。